Jが思いがけず早く帰ってしまった
あっけなく目の前からいなくなってしまった
私は後3時間ぐらいはJと一緒にいるつもりだったし、その日絶対に早い時間に家に帰りたくなかった
不意打ちを受け入れられず、気持ちの整理ができなくて呆然としてしまった
Jは自分の家の近くまで行って時間を潰したらと提案してきたけど
それは何だかやけに悲しい提案のように思えた
Jの乗る電車に一緒乗り、引き返してきてもいいとも思ったが、そちらの方面にはどうしても行きたくなかった
それぞれ山手線の反対方面行きに乗り込み、同時に発車した電車の車窓越しに目を合わせた
Jが無理矢理笑顔を作ってるのがぼんやりと見えて、悲しくて悲しくてしかたなかった
私達は何でいつもいつも反対方向に帰る?
何で夕方の17時に私の手はJの手から引き剥がされる?
泣く泣く離れるしかないんだ
離れるしか
「仕方ないこと」
の一言で置き換えられてしまう
この悲しい事実
何度も同じように繰り返される現実
この試練に、一生懸命、いつまでか、耐えていくんだ、一人で
二人で会える数少ない1日でさえ、時間の制約が厳しい
私は、なんなんだろう。。
涙を堪えていた
Jがあっという間に向こう側に行ってしまって…
1秒ごとにどんどん反対方向に遠ざかって行く
私からみるみるうちに離れて行く
私この後どこにいっちゃっても、どうでもいいのかもしれないと思った
例えば飛行機に乗ってそのまま北海道に行っちゃっても海外に行っちゃっても
似たようなことは今までに何度かあったけど、私にとってはものすごく堪えること…
それは私がいろんなことに期待しているからかもしれない
何事にも期待しなければ楽なんだろう
こんなもんだろうって思えれば…
私だけが力んでいるのかもしれない
前にも同じようなことがあって、3時間ぐらい新幹線のりばの前のベンチで延々泣き続けて、ヨレヨレのまま帰ったことがあった
その日も予告なくJが予想外の早い時間に「帰る」とだけ言って帰ってしまったんだった
そういうことに私はあっけなくやられてしまうみたい
山手線にずっと乗ってようと思った
というか、一気に全身の力が抜けちゃってどこにも行く気力がなく、そのままの状態でいようと思ったんだ
目をつぶってずっと下をむいて、イヤホンを耳に突っ込んでzeddをひたすら聴きながら座っていた
電車の規則的な揺れと繰り返し刻まれる一定のリズムに身を任せ、外界を遮断し、無心になろうと思った
途中目を開けたら、土曜日の山手線は意外にもガラガラになっていた
何かに寄りかかりたくて一番端の席に移動した
人のわさわさとした気配で、駅がどんどん過ぎ去って行くのを感じていたけど、ほとんどの時間目を閉じていたせいで、もはや今自分が輪っかのどの辺りにいるのかがわからなくなった
数回駅名を確認しようとしたけど、涙が溜まっていたせいで目が曇ってあまりよくわからなかった
もう、どこでもいいやと思った
なんだかわからないけど、ひたすら3時間乗り続けてみようと思った
端の席はやたら寒くて脚の感覚が段々なくなっていく感じがした
でも動けなかった
おかえりと言われて、優しい笑顔でただいまと言うJの姿が頭の中をぐるぐるし、他の想像が一切できなくなって、だんだん具合が悪くなってきた
私は山手線が昔から特別に好きだった
小さい頃は、「有楽町や池袋に停まる華やかな黄緑の電車!」「新幹線の東京駅にも停まる都心の一番便利な電車!」というイメージで、まさに日本中の電車のうちでダントツ一番素敵な電車だと思っていた
大学生になり、Jと数え切れないほど山手線に乗って東京中をデートした
山手線池袋のホームは何度も何度も待ち合わせした思い出深い場所
待ち合わせ場所に向かう時、よく一番前の車両に乗った
運転席を眺めているうち、運転手さんがどこでブレーキをかけ、最高時速何キロで走り、どの辺で何キロに減速するのかまで覚えてしまった
山手線は丸い線路をぐるぐる走る
走っているうちに、どんどん遠くに行くばかりの電車と違うところも好きだった
Jと「山手線一周」を歩いたことがある
Jが手書きでほぼ正確に山手線を一周できる地図を作ってくれた
朝から歩いてスタート地点に戻ったのは18時ごろで薄暗くなりかけていた
約33キロだった
私はウォーキングシューズじゃなくて、いつも履いてた黒の少しヒールのあるショートブーツだったので靴擦れがひどかった
しかしとにかく素晴らしい1日だった
楽しくて仕方のない1日だった
一生忘れない
そんな素敵な思い出しかない山手線が、今回ばかりはなんとも惨めでしみったれた暗い電車に思えた
大好きなはずの山手線に、酷い気持ちで乗り続けてしまった私はバカだったなと後から思った
だけど、そうすること以外何も思いつかなかったんだ
多分3周半ぐらいした
途中西日暮里で人身事故があり、大塚駅で長く停まっていた
ドアが開きっぱなしだったせいで寒くて凍えそうだった
Jの相手は一度たりともこんな思いをしたことがないんだろう…
そうやって卑屈になり、心荒み、叫びたくなった
そんな自分が嫌なヤツだと思ったけど、どうしようもなかった
私と奥さんの、人生の違いを呪うしかなかった
私、何か悪いことしたっけ。。
私は泣いてたけど
そんなこと誰一人気にするでもなく通り過ぎていった
もちろんJに私の姿は見えない
たとえ、泣いている私を目の前にしても、「仕方ないよ、泣いてたら話にならないよ」って言うだけかもしれないと思った
暖かい家にいるJに、私の気持ちなんてわからないだろうと思ってしまった
誰も、誰一人も私に大丈夫?と言ってくれない
当たり前
知らない人が泣いてたって放っておくだけだ
自分はやっぱり孤独だと思った
私のことを四六時中、本当に心から心配する人なんてこの世のどこにもいないのかもしれないと思った
山手線ごめんなさい
私本当は好きなんだ
なのに、その日は一番悲しい電車に思えた
山手線で楽しいお出かけをして挽回しないと、と思う
新しい山手線の車両、すごくかっこいいんだ
手すりがね、ペタペタしないの、さらさら
曲線が美しい近代的なデザイン