池袋の日

4月1日から職場が変わって、私が平日に休みを取りづらくなるだろうから、という理由で、私の有給休暇2日間に合わせてJが休みを取ってくれた

Jは今仕事がとても忙しい

いくつかのプロジェクトのリーダーを務めつつ、研修講師として登壇するなど、重めの業務が立て込んでいる状態

人事考課の振り返り面談のために準備をしなければ、と今日も15時に東京を後にした

こんな時に、私のことを思って予定を合わせてくれたことにとても感謝している

今回の宿泊は池袋

池袋は私たち二人にとって特別な場所

大学生の頃、西武池袋線沿線にJが住んでいたから、かなりの頻度で池袋デートした

そこかしこが思い出の場所

二人にとっては特別で、聖地のような街

今や、アニメファンや観光客でごった返して雰囲気が随分変わってしまったけれど、25年前から変わっていないところもまだまだある

メトロポリタンロ(「ぐち」とは読まずに「ろ」)、サンシャインの入り口や裏の階段、いけふくろう、芸術劇場、一番最初に入ったラブホ、西武線の入り口、ドトール、光麺、福しん、松屋、ゲーセン…

懐かしい場所を今回たくさん歩いた

池袋を堪能しつつ少し遠出もした

1日目は学生時代にも何度か行った石神井公園へ

2日目は特急に乗って秩父へ

羊山公園から琴平ハイキングコースに入り、なかなかハードな山道を静かに歩いた

Jと二人きり、自然の素晴らしさを共有し季節を体感できることがとても嬉しかった

一見弱々しい枯れ木に、一斉に産毛を纏った小さな若芽がふくふくと息吹いている様子に二人揃って感動して「俺たちも歳とったよね」ってJが言ったりした

冬の厳しさをじっと生き抜いた小枝の強い生命力について想像してみると、じんわりと心が熱くなった

雪の重さや強風で折れそうになりながらも耐え抜いたんだ、と

必ず示し合わせたように同じタイミングで毎年芽を出すのは、「考えなしに」

般若心経の無意識界

「ややこしさは、自然界にはない」

人だって自然界の一部なのだから、あれこれ考えすぎないほうが楽に生きられる

私も本当はそういう風に生きたいのに…

澄んだ空気を思い切り吸い込むと、喉につかえてる何かを分解して取り除いてくれるみたいだった

やっと肺までたっぷり空気が送り込まれた感じ

息が苦しかったんだ、私

息を深く吸いたかった

途中何度か抜きつ抜かれつしたご婦人二人に「どこからきたの?」と聞かれ、Jが「東京」と答えなかったことに、小さなショックを受けて、しばらく言葉を失ったけれど、Jはただ素直に答えてしまっただけなんだ、と思うようにして何とか乗り越えようとした

歩きながら一人闘っていたら、山道が終わってしまい、Jの自宅を彷彿とさせる一軒家のオンパレードで…気分がますます落ち込み、下を向いてなるべく景色を見ないようにしていた

私はまだ先日のショックから完全に立ち直れていなかった

だから、それに追い打ちをかけるようなことはどうか起こらないでほしいと、1日目からずっと祈っていた

だから、そんな小さなことにも敏感になって刺激を受けてしまったのだと思う

先日の事件以来、薬指にどうしても指輪をつけられなかった

これからを半ば絶望視するぐらいに落ち込みが激しくて、私は指輪をつける資格なんてこれっぽっちもないんだ、Jはきっと将来、きちんと私を選べないだろうと思い始めていた

どんなに愛されていても、私は一番ではない

Jが守りたい、優先したい人は私じゃなくて、

死ぬほど愛してる人を傷つけ放り出してでも、電話がくればすぐに折り返し電話してあげたいという衝動を起こさせる、その人なんだ、と

行動が言葉を一瞬にして掻き消す

Jは私が一番大切だと言いながら、私の目の前で真逆のことをしてしまった

Jの行動は間違いなく示していた

私より、その人が大切なんだ、ということを…

そう思うたびに、もう希望が見えなくて、遠い目になり、さあ、私はどうやって一人で生きていけばいいんだろうかと、ぼうっと考えるしかなかった

確か、確か、必ずオーロラを観に行こうと言ってくれた

確か、確か、必ず一緒になろうと言ってくれた

でもそれは幻なのかもしれないし、もう今やJは「そんなこと無理だろうな」って思ってるように思えて、呆然としていた

だから、今回Jと3日間会う約束をできていることが少し不思議だった

私と2泊できるんだ、って思っていた

告げてきた行き先は、セミナーかな、打ち合わせかな、池袋で…

また、電話がかかってきたらどうしようと、実は緊張していた

私のいないとこで連絡してるかもしれないけれど、目の前でなければ良しとしなければ…とかぐるぐると考えながら

Jは、主に仕事に対する自分の考え方が変わってきたと思う、と話してくれた

Rから今まで何度も何度も言われ続けてきたこと、俺には何も響かないってRは思ってたと思うけど、少しずつわかってきて、変わってきたと思う

というようなことを言って

般若心経の本の内容についても少し触れた

私は今まで、考え方についてのいろんなことをJに言ってきた

自分が実践できているわけではないけれど、きっとこういう風に考えたら楽になる、ということを一生懸命に伝えてきた

本を読み、自分で考え、最愛のJを苦しみから救いたくて、言い続けてきた

そのことが今、少しずつJに受け入れられて、Jを少しずつ楽にし、少しずつJの心に余裕をもたらすことができてきたのなら、こんな嬉しいことはない

出口が見えなかった日々に少し光が差し込み始めたように思えた

今私の頭の中は、4月からの新しい仕事のこと、この先の生活スタイルが全くどうなるか分からないこと、Jとの将来がはっきり見えないこと…様々なことが絡み合ってぐちゃぐちゃになって、不安と緊張で収集がつかない状態で…

Jはそれを察してくれて、私に「俺がRをずっと守るから」「Rを一生支えていくから安心して」「大丈夫だよ」って言ってくれた

私が指輪をつけることができなかった気持ちも理解してくれて、

「ごめんねR、つけられないって思っちゃったよね、つけてあげるよ、つけたい?持ってる?…いつも持ち歩いてたの?」

私が毎日指輪を持ち歩いていたことも、Jはわかっていた

25年くらい前に恐らく一番多く入ったであろう、池袋のドトールに入った時に、「指輪どこでつけてほしい?」と聞いてくれたので、「ここで」と言った

思い出の地

池袋のドトールで

二人の何かが新しくなって再スタートしたような気がした

一つステージが変わったように感じた

それをJも同じように感じていたと思う

ゆっくり丁寧に、左手の薬指にはめてくれて、涙が出てきた

そしたら黙って自分のハンカチを手渡してくれた

私は、Jとの人生を望み、Jは、私との人生を望み、それに向かって二人は今、もがきながら進んでいる最中なんだって思えた

二人が同じ方向を見ている…と思えた瞬間に指輪をしたいと思った

久しぶりにつけたJ to Rの指輪はものすごくキラキラして眩しかった

約1ヶ月、小さな袋に入れられてバッグにしまわれていて…かわいそうに

毎日輝いて私を励ましてね

「気持ちを確かめ合えた、記念日」とJがメッセージをくれて

記念日の名称を考えよう、と言ったら、しばらくして語呂合わせの素晴らしい名称の提案があった

4月26日

「死んでも池袋の日」

冴えてるね!採用!

死んでからも仲良く池袋デートしようね♡

とうまく収まった

…と思ったら今日は「3月」…ということに気づいてしまった笑

今新しい名称を考え中

とても素晴らしい3日間をありがとう

J

お互い支えあいながら、助け合いながら、決して一瞬も背を向けず、前に進もう

いつかね

そう遠くない未来に

Jに揚げたてのコロッケをたくさん食べてもらうんだって

思ってる

私、頑張るよ、J

辛いことも全部乗り越えて

Jを愛してるから

頑張れる

今まで頑張ってきたように

あと一踏ん張り

毎日、私の名前を呼んで

そばにいることを実感できるように

毎日お互いの存在を確かめながら、生きていこう

毎日MTできる日が、必ずくる

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