先日野村監督が亡くなって、ニュースで少し振り返りみたいなものを見たけれど、奥さんが亡くなった時に、監督は、最高にいい奥さんだったと、コメントしていて、
それを聞いた時、私も死ぬ時に、愛する旦那さんがそばにいて、そう言われて人生終わりたいなって強く思った。
やっぱり自分は好きな人の奥さんになって、支えあったり、一緒に頑張ったりしたいんだって改めて思った。
心通じ合う大切な人。
優しくてお互いに支え合える人。
一緒にいて楽しくて穏やかな気持ちになれる人。
そういう人の奥さんになりたい。
まだこの歳でそんなこと望んでるなんて、馬鹿みたい。バツ2で子持ちで。夢見ている場合じゃない。。
でも何かがどうにかなって、そういう幸せな人たちの部類に私もなりたいと、心の隅っこで思ってる。
今私は卑屈になっているし、自分を惨めに感じている。
年末調整の書類を見ると涙が出てくるし、役所で戸籍謄本の発行を待っていると動悸がする。
そんな自分と決別したい。
そう言いながらも、結局私は必死に一人で生きていくしかないのかなとも思う。私とどうしても一緒に生活したい人なんて、この世にもういない気がしてくる。
状況が面倒くさすぎるし、歳が歳だし、性格もややこしいし。
もう
どうせ
結局
やっぱり
そんな言葉ばかりが繰り返される。。
Jはずっと遠くにいて、私をたぶん選べない。
今の家族と一生を共にして行くのだろう。
私を愛してるという気持ちはそのままに。。
そうしか考えられない自分がいる。
3年ぐらい前にJがExcelに打ってくれた、あの幸せそうで穏やかな未来予想図は、今もJの胸にあるのだろうか。
何のために二度離婚したのだろう。
それは、迷いなくJと一緒になるという夢のために。。
必ず叶うと信じていた夢。
今はなんだか叶わない気がしてる。。
何もできないし、どうにもこれ以上動けない。
こうやって
自分も周りもどんどん年老いて
時が過ぎてゆく。
◆
奈良のタクシーの運転手さんが雪山で命を断とうとした女性を救ったという記事を読んだ時、何だか泣きそうになった。
私も疲れたんだ。
もう、このいろんなことのどうにもならなさに。
ふとした瞬間に「もういいんだけど」と思う。
…こんなことを何日か前に書きかけていた。
しかし、先日大学時代の友達に会い、話を聞き…こういうことを軽々しく言ってはいけないとつくづく思った。いや、決して軽々しく口にしているわけではないけれど。。
彼女には優しく素敵な旦那さんがいて経済的にも精神的にも潤いのある生活を送っているはずだとずっと思っていた。
明るくて、美人で、生粋のお嬢様で品がある素敵な女性。
その彼女がストレスから18年間もパニック障害で苦しんできたのだった。その事実を知った時、かなりの衝撃を受け胸が痛くなった。
ここ2年で病状は大分良くなったというが、ついこの間までこうやって外に出てレストランに入って食事をするなんて到底無理だったという。今でも発作が起きた時用の薬を持ち歩いている。
極度の不安で電車にもバスにも乗れず、何もできなかったという。
突然目の前が真っ暗になり眼が見えなくなったり、薬の副作用で全身発疹ができたり、食べられなくて30キロ台まで体重が落ちたという。酷くなれば過呼吸の発作を起こし、突然ばったり倒れたり。
何ヶ月も38度以上の熱が続き、毎日明日まで生きていられるか、という状態だったという。
ただ、彼女はどうにかして生きたいと思い続けていたという。
でもこの苦しみが終わるかどうかがわからないのが辛かったと…
私は大いに反省した。命を大切にせねばならないと。
壮絶な人生を歩んできた彼女の言葉はずっしりと重く、私の心に突き刺さった。
生きたくても生きられない人がたくさんいることを忘れてはならない。演劇部時代の2人の友達のように…
私は健康な身体を持ち合わせていることに感謝し、生きられるだけ生きなければならない。
生きるならば、明日死んでも構わないという生き方を…
そう、精一杯今できることをして後悔のない日々を過ごしたいと思う。
けれども、いつまでも、私の周りには「仕方のないこと」ばかりが渦巻いていて、そういうことに力を奪われる日々から解放されない。
なかなかうまくはいかない。
どうしたものか。