不安と恐怖を抱えて

「ざんねんな私」を書いた後、2年ちょっと前に書いた「池袋の日」を読んだ。

私はこの時、希望を見出していたのだ。

苦しみから逃げずに対峙し、あとひと踏ん張りだと自分を鼓舞していた。

しかし、何故か急に踏ん張れなくなった。頑張ることに心身共に疲れ、行動できなくなった。

環境が変わったせいかもしれない。会社が変わり、家が変わり、私は一生懸命働くしかなくなった。確実に年月が経ち、自分の心配事と自分以外の心配事が雪だるま式に増えていった。

こうやって流されるままに生きて、一生終わる。ひすいさんの言うように。

外からの大きな力が働かない限り、私の生活は変わらない。恐らくこの先ずっと。

刻々と人生は進む。

この1年で、元義母が亡くなり、四国の叔父が亡くなった。

川西の叔母が食道がんで入院した。母も四国の姉も宮古の叔父も着実に歳をとっていっている。当たり前だが。

叔母に明治神宮の病気平癒お守りを送った。抗がん剤治療で苦しみながら治療している様子を思い浮かべると、泣きそうになる。優しい旦那さんがそばにいてくれてるから、それが救い。私が小さい頃から憧れていた理想の仲良し夫婦なのだ。

人間の一生は振り返ればあっという間だと感じる。人間の身体機能は死に向かって衰えていく。

そんなことを意識することはほとんどなかったが、最近は良く考える。

怖いし、不安だし、何の覚悟もできてない私。この歳になっても、こんな情けない状態とは。。

どうしてか昔思い描いてた生活とはほど遠い生活を送っている。そんなことを嘆く暇もなく、毎日せかせかと過ごして、いつの間にやら2021年も半年が過ぎてしまった。

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